Complete text -- "女性教諭「大きな憤り、音楽を否定」君が代伴奏訴訟"

01 March

女性教諭「大きな憤り、音楽を否定」君が代伴奏訴訟

 

 本来なら、こう云う「思想信条」を展開する輩は本来「公務員」と云う職業は最も忌避すべき職業のはずです。それが逆に安穏な公務員の立場に「巣食って」自らの生活はちゃっかり確保しながら、職場放棄して身勝手な政治活動をする。こう云う事を許してきたのが日本の「病理」です。

その「病理」の典型がこの朝日新聞の社説でしょう。

**************



国歌伴奏判決 強制の追認にならないか
 
入学式の君が代斉唱で、ピアノの伴奏を校長から命じられた小学校の音楽教師が、「君が代は過去の侵略と結びついているので弾けない」と断った。教師はのちに職務命令違反で東京都教育委員会から戒告処分を受けた。
 教師は「処分は、憲法で保障された思想、良心の自由を侵害するもので違法だ」として、取り消しを求めた。
 最高裁はこの訴えを認めず、処分は妥当だとの判断を示した。「公務員は全体の奉仕者。学習指導要領で入学式などでの国歌斉唱を定め、ピアノ伴奏はこの趣旨にかなうから、職務命令は合憲だ」
 君が代のピアノ伴奏は、音楽教師に通常想定されている。ピアノ伴奏を命じることは、特定の思想を持つことを強制したり、禁止したりするものではない。そんなことも最高裁は指摘した。
 たしかに、入学式に出席する子どもや保護者には、君が代を歌いたいという人もいるだろう。音楽教師が自らの信念だといってピアノを弾くのを拒むことには、批判があるかもしれない。
 しかし、だからといって、懲戒処分までする必要があるのだろうか。音楽教師の言い分をあらかじめ聞かされていた校長は伴奏のテープを用意し、式は混乱なく進んだのだから、なおさらだ。
 5人の裁判官のうち、1人は反対に回り、「公的儀式で君が代斉唱への協力を強制することは、当人の信念・信条に対する直接的抑圧となる」と述べた。この意見に賛同する人も少なくあるまい。
 今回の判決で心配なのは、文部科学省や教委が日の丸や君が代の強制にお墨付きを得たと思ってしまうことだ。
 しかし、判決はピアノ伴奏に限ってのものだ。強制的に教師や子どもを日の丸に向かって立たせ、君が代を歌わせることの是非まで判断したのではない。
 89年、卒業式や入学式で日の丸を掲げ、君が代を斉唱することが学習指導要領に明記された。99年には国旗・国歌法が施行された。
 君が代斉唱のときに起立しなかったなどの理由で、多くの教師が処分されている。特に東京都教委の姿勢が際立つ。日の丸を掲げる場所からピアノ伴奏をすることまで細かに指示した。従わなければ責任を問うと通達した03年以後、処分された教職員は延べ300人を超える。
 生徒が歌った君が代の声の大きさを調査する教委まで出てきた。
 これに対し、処分の取り消しなどを求める訴訟が各地で起きている。
 私たちは社説で、処分を振りかざして国旗や国歌を強制するのは行き過ぎだ、と繰り返し主張してきた。
 昨年12月、教育基本法が改正された。法律や学習指導要領で定めれば、行政がなんでもできると読み取られかねない条文が加えられた。
 行政の行き過ぎに歯止めをかけるという司法の役割がますます重要になる。そのことを最高裁は改めて思い起こしてもらいたい。
                  【社説】2007年02月28日(水曜日)付
**************


今回の判決かなりショックらしく、苦し紛れの「泣き節」に溢れた、かなり情けない「論説」ですね。というか、既に「論説」と云う格調からは大きく外れた単なる愚痴レベルに陥っているんですが、最近、朝日新聞はめちゃくちゃですね。大きな何かが朝日社内起きる「予兆」かも知れません。

そして、願わくば、このバカ教師もこの判決を潮時に潔く辞職して欲しいものですが、恐らく、この様な「下衆」は公務員と云う安穏なる生活手段には恥も外聞も良心も無く「居座る」でしょうね。過去、こう云うロクでも無い人物を大量に教職に採用し続けて来た行政の責任は非常に重いと思います。日教組やその支持政党によって「思想信条の自由」を隠れ蓑に数々の卑劣な圧力や脅迫は有ったのでしょうが、それを跳ね返して正常化するのも行政の責務です。国民一人一人も注視し行政の後押しをしなければなりません。普通の国民の「思想信条の自由」の為にです。朝日新聞の主張する様な「御都合主義の思想信条の自由」では有りません。


01:58:59 | sonson | | TrackBacks
Comments
コメントがありません
Add Comments
:

:

トラックバック